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渋沢丘陵の八国見山へ (2016/1/10)



終日快晴で穏やかな冬の陽射しを浴びに渋沢丘陵を歩いてきた。



 この日は、「渋沢丘陵歩き隊」というグループが主催するウォーキングで、渋沢丘陵の西南麓にある八国見山(やくにみやま)までのルートを歩き、八国見山の南側に建設が始まった大規模霊園の進捗状況などを見て回るというもので、参加者は自分を含めて10名だ。



 主催する方たちは渋沢丘陵でも、とりわけ自然の生態系が永く引き継がれてきた当該地域の破壊を憂えて、霊園開発には強く反対の立場をとってこられたが、行政の認可手続きは型どおり決裁され、工事は既に着手されていた。事業主体は公益財団法人相模メモリアルパーク、開発面積は199,429㎡、分譲される墓地は14,905区画と現地に設置された標識に書かれていた。(画像は後掲。)



 同財団の平成27年度事業計画書には、建設中のこの事業を「第2霊園開発事業の推進」という項目を立て、「平成26年10月3日付けをもって関係許認可庁から墓地等の経営許可等を取得し、現在、霊園建設工事の最中ではありますが、工事完成に向けて安全・着実に実施するよう工事事業主体のSPCを監督・督励してまいります。」とだけ紹介している。(筆者注:SPCとは特定目的会社の略で、工事請負会社は「湘南メモリアルプロジェクトグループ」と現地の標識に記載されている。多分、財団では大規模な建設工事を施工するだけの資金やマンパワーが無いため、SPCに組織された複数企業の力により用地の買収から行政の許認可手続きをはじめ、工事の設計、監理を丸投げし、完成後に財団はその費用を利用者からの収入などをもってSPCに対して年賦償還などにより弁済していくのかと考えられるが、実態は不明。(1/12追記)





 さて、小田急電鉄渋沢駅に午前9時に集まり、主催グループ代表のコース説明と活動趣旨を拝聴し、渋沢丘陵に向けてスタートする。



 最初に立ち寄ったのは、秦野盆地湧水群の一つで「谷津湧水地」。ここは秦野市指定の「生きものの里」の一つでもあるが、この時季は動物も植物も越冬期。冬枯れの雑木林を飛び交う野鳥だけが自然観察のターゲットのようだ。野鳥は人の気配に敏感で、手持ちのコンデジで写真を撮るのは至難だ。なんとか撮った一枚の写真に写った鳥は「エナガ」だと教えられたが、果たして・・・。

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 渋沢丘陵の稜線まで登り、ハイキングルートに合流する。ルート脇の空き地では、「山の講(ヤマノコ)」の神事が執り行われていた。





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 山の神信仰は、古代山村住民の原始素朴な民間信仰として生まれ、狩人・木こりなど山仕事をする人々が山仕事の安全を祈る祭り「山の講(ヤマノコ)」が生まれ定着したものといわれている。



 
 
ハイキングルートの稜線から、いったん「峠」という地区に下り、八国見山には西側からアプローチするルートを目指す。再び登り始めると、やや小高い場所からは大井町の篠窪地区の向こうに富士山が見え始めた。
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 ルートは農道から外れて、地図にも載っていない道なき道を数分登り切ると霊園の造成工事現場が見え始めた。今日は日曜日で、工事は休止していた。



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 急峻な斜面を重機で崩しているらしい現場は、ダム建設工事のような物々しさだ。

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 無線中継用の鉄塔の向こうあたりに八国見山の頂上がある。霊園はこの鉄塔の真下辺りまで切り崩し、深い谷戸を埋め立てるという計画のようだ。



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 工事現場入口付近に建てられた標識によると、工事の完了予定は平成30年5月31日とある。完了まであと2年余り、時々は様子を見に来よう。


 開発区域の中には人家がなかったようで移転を余儀なくされた住民はいなかったそうだ。(なので、地元住民は開発利益を享受するだけで失うものもなく、反対者はいなかったそうだ。)



 この開発によって失われるものは自然とそれに育まれてきたであろう動植物の生態系ということになる。また、豊かな自然と身近に触れあうことが出来たはずの人々にとっても少なからず損失だという思いはあろう。



 一方で1万5千近くの墓地区画を分譲し、果たして需要があるのだろうか。事業者側は、需要に応えて段階的に販売していく戦略で、大規模分譲宅地などと同じ販売方法だ。事業主体法人の創始者である故ロバート・ワイ・オダ氏の遺志とは何だったのでしょうか・・・。



 とはいえ、建設工事が始まってしまった今、霊園開発に異を唱えてきたメンバーの背中に、“ゼッケン”だけがやけに空しく冬の陽射しを浴びていた。

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 八国見山の頂上付近に到着。無線中継塔の向こうに相模湾が光っていた。真鶴半島から伊豆半島まで眺望可能で、霊園のセールスポイントになるのだろうか。



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 次の写真は鉄塔のすぐ近くまで行って撮ったもの。下に流れていた沢は中井町から二宮町に流れ下る中村川の源流とか。しかし、この沢は埋め立てられてしまうのだろう。多くの大規模霊園はこうして作られていき、遠い将来に“地域住民の福祉向上に資する”施設として持続しうるのか、はたまた負の遺産になり果てるのか、見届けるには時間が足りないなぁ、などとため息・・・。

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 昼食は、八国見山の頂上に据え置かれた木製のベンチに腰掛けていただいた。





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 写真の標識は、この日参加していた絵を描いているというメンバーが製作したものだという。



参加者の方々が持参されたお菓子や果物のおこぼれにあずかり、温かい抹茶まで振る舞っていただくという幸運に巡り会えたが、自分が提供するものはなかった。<(_ _)>




 次の写真は、頂上付近で見かけた珍しい樹木で、名前は“アサダ(別名ミノカブリ、ハネカワ)”という。この木は伐採されずに済みそうだ。



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樹皮の色は暗紫褐色、樹皮の模様が縦裂け(短冊状にめくれる)になることからミノカブリ・ハネカワの別名が付きました、との紹介記事があった。



 休憩を済ませると時計は午後1時。冬の陽射しは傾き始めると急に寒さを感じる。帰路は出発地の渋沢駅を目指して里山ルートを歩く。



 途中で眺望の開けたポイントがあり、写真を撮っておいた。



 秦野盆地の東側に位置する「弘法山」、その向こうに肉眼でははっきりと横浜のランドマークタワーが見えていた。



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 今日の解散場所となった「峠隧道」近くから見た秦野盆地と丹沢表尾根の山並みと大山。



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 主催グループは近くの公民館でミーティングを行うとのことで、ここでお別れした。




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