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新緑の小田原久野丘陵を歩く(2015/6/11)

 九州地方は豪雨に見舞われているというこの日、関東地方も梅雨入りして間もなく不安定な空模様だったが、予定どおり山歩きに出かけた。
 今日の予定は、小田原市の北部にある久野丘陵を巡り歩く、約8Km、標高差は最大で130m程度ののんびりウォーキングだ。


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 集合した小田急電鉄蛍田駅を午前10時に出発。酒匂川の支流である狩川を渡り、大雄山鉄道の踏切を過ぎると、間もなく久野丘陵への登り道に入る。



 一緒に歩いた仲間達は皆それぞれが2年間の植物観察の学習効果をいかんなく発揮していて、沿道の草花ウォッチングに盛り上がっていた。
kusano_ou.JPG クサノオウ
hakobe.JPG ハコベ
hotaru_bukuro.JPG ホタルブクロ

 出発から40分ほどで「神奈川県立おだわら諏訪の原公園」の府川口に到着。神奈川県のHPによれば、「現在は、全体約65ヘクタールのうち約17ヘクタールの区域の整備を進めています。平成18年3月25日に、24カ所目の県立都市公園として開園しました。」とのことだが、2年ほど前に来たときは工事中にしか見えなかった。
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 園内には土地の高低差を利用して延長169mもあるローラー滑り台が設けられていて、ここの目玉遊戯施設のようだ。
 写真の花は、シモツケソウ。名前を思い出したので追記。(6/15)
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 諏訪の原は、小田原市府川という地にあり、園内の小高い場所には「諏訪神社」が鎮座している。由緒書きによれば、1782年(天明2年2月)の造営で、関東大震災により倒壊したが、その3年後には再建されて現在に至るとある。起源は清和天皇の末裔(平氏の流れ)である新川氏の19代光輝が甲斐武田に仕えていた頃に諏訪大明神(現諏訪大社)に参拝し、後に里武士になり、この地に諏訪明神を祀ったのが起こりと書かれている。



 神社の脇に咲いていたアジサイ
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 つづいて、おだわら諏訪の原公園のすぐ近くにある、「小田原フラワーガーデン」に立ち寄り、ここで昼食休憩となった。休憩後に園内を散策し、花菖蒲睡蓮を鑑賞して廻った。
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 小田原フラワーガーデンを出発して、「総世寺」に向かう。歩いているこの道は、小田原市街の混雑をバイパスする抜け道なのか、車の交通量が多い。南足柄市から通じている広域農道と連絡しているので、県西部の住民には主要な生活道路になっているようだ。



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 到着した総世寺の境内には、樹齢300年近い巨木「カヤの木」が聳えている。高さ23m、胸高周囲5.3mと書かれている。



 総世寺は1590年の小田原の北条攻めに際して、秀吉の甥の羽柴秀次が陣を張った寺で、本堂内には、秀次が寄進したと伝わる梵鐘が保存されている。



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 見学の途中で、庭園の手入れをしていた若い男性がやってきて、寺の縁起や秀吉の小田原攻めの時の秀次の功績など、しばし蘊蓄を拝聴させていただいた。彼はこの寺の総代だという。境内はよく整備されていて、背後の美しい竹林が印象に残った。



 久野の里を歩く道中で、農産物の直売所に立ち寄り、試食した甘夏の美味しさと安さに、皆一様にリュックに満載するほど買い込んで、久野川沿いのルートを歩く。
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 龍泉寺観音堂という小さな古刹で一休みした後、再び久野丘陵へ戻り。久野古墳群を見学する。




kofun_4_info.JPG 久野4号古墳
kofun_4_front.JPG 石室の入口
kofun_4_naibu.JPG 石室の内部
 この古墳時代後期の円墳は、秦野市の桜土手古墳群と同時代のものだ。桜土手古墳群は、よく整備された公園内に復元、保存されているが、こちら久野古墳群は適切に保存されているのか疑わしい。しかし、1500年もの時の流れの中で、富士山の噴火などの自然災害はもとより、盗掘や開発による破壊などの人災によって失われた多くの歴史の遺物を思えば、こうして後世に形を遺していることこそ貴重だと受け止めるべきか。



  久野丘陵から東に眺望が拓けたポイントに立つと、眼下に足柄平野、遠景には曽我丘陵が望める。

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 久野丘陵の東端に近い場所には、久野1号古墳がある。ここでは石室への入口などは観察できなかったが、古代人の集落を見下ろすことのできるこの場所は、久野古墳群の中でもとりわけ権力者の墓であったろうと推定されている。
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 丘陵からの坂が下りにかかる頃から沿道には住宅が増えてきて、今日の山歩きも終盤が近い。
 下り立ったところには、五百羅漢像で有名な玉宝寺があり、立ち寄って見学させてもらった。
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 ユニークな表情の羅漢像もある。


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 境内に植えられていたクチナシの花を見ながら、最寄りの小田急電鉄足柄駅へと向かい、2万歩を超えるウォーキングを終え、ようやく帰路についた。




2015年5月の備忘録


 
母親の介護のこと

 今年で92歳になった母は数年前から認知症が進行し、加えて関節症などで弱っていた膝など足腰の衰弱が極まり、1年ほど前からは自律した生活が困難となった。当時、認定を受けた介護度は「要介護5」。

 このようなケースでは、在宅で主として家族が介護することもあるが、母が自律困難になって以降の介護の実際は、甚だ困難だとの認識を深めざるを得ず、結局母は昨年6月から有料老人ホームに入居(住宅型)し、介護事業者のサービスを受けることとなった。

 こうして母の平穏な老人ホームでの生活が続くかと思っていたのだが、そうは問屋が卸さない。入居間もないころから指摘されていた「認知症の周辺症状が、昨年暮れころから急速に進行し、当施設での介護の限界を超えている。」と言われ始めてしまった。向精神薬などを投与されても、なお昼夜逆転現象が改善しない母の行動パターンが、施設側としては面倒を見きれないということのようだった。何ともやりきれない気分で、母の次なる受け皿探しに奔走することとなった。

 数ヶ所の施設を訪問した結果、市内に新しく開所するという介護付き有料老人ホームへの入所が決まり、5月の初めに母は転所した。新たに入所した施設は新しく、南面した部屋は二面に窓があって明るく快適だ。だが、母本人がどう感じているかは皆目わからない。

 転所して1ヶ月が経ったが、新しい施設のケアマネからのリポートによれば、母の生活リズムは、しばしば昼夜逆転が起こるが、それ自体が現在の母固有の生活リズムだと受け止めているとのことで、このまましばらく様子を観察したいとも言っていただいた。

 いずれにしても、民間事業者の介護サービスに母の余生を委ねることになり、言い換えれば親の介護を放棄したとも言える。このなんとなしの後ろめたさが、面会に行く足を遠のかせている。

 


同窓会のこと


 団塊世代の同級生は一様に60代半ばを過ぎ、ノスタルジーに浸れる同窓会の提案が舞い込み、5月中頃に「クラス同窓会」が開かれ参加した。51名いた同級生のうち17名が集まり、例外なく昔話と自慢話が会場にループしていた。同級生仲間には早逝した者もいて、クラスの中心的な存在だったその彼がいないという事実は、年を経る毎に皆それぞれが自然に受け止めているのだろうか、話題に上ることもほとんどなくなってしまった。

 クラス同窓会を終えて一週間もたたない5月下旬には、同一学年の同窓生でゴルフコンペを市内のゴルフ場で行うという誘いを受けていて、これも参加した。4組15名の参加があり、うち2名が女性だった。参加した15名の中には中学卒業後に初めて会う、つまり50年あまりのブランクがあるのだから当然のように「見知らぬ人」同然の者もいた。名前を聞いてもまったく覚えていないのだ。中学の同窓生とはいっても団塊世代なので、むやみに数だけは多く450人以上はいたはずだ。義務教育課程を共に過ごしてきたとはいえ、一度も同じクラスにならず親交がなかった者も数え切れないほどいる。それでもこれを機会に、あったかもしれない旧交をゴルフ場の開放感の中で温められたらとも思える、よく晴れた一日だった。

 


山歩きのこと


 今年の3月まで参加していた「里山歩き」。市の生涯学習事業の一環として運営されている教室だったが、2年間の参加で終えた。自分と同じく2年間を一緒に歩いた仲間と、4月以降も歩こうということになり、4月の「お花見ウォーク」に引き続き、5月上旬のよく晴れた日に、低山ハイキングに参加してきた。

 伊勢原市との境になる「善波峠」の麓から、大山を南に下る稜線上にある高取山を目指して標高差500メートル程度を登って降りるルートで、「善波峠・高取山・田原ふるさと公園コース」として市の観光協会推薦ルートでもある。

 高取山頂上から下るルートを間違えてしまい、ゴルフ場(東京カントリークラブ)のコースの中へ降りてしまったが、ここもハイキングコースになっているようで標識も整備されていた。途中、立ち寄ったクラブハウスの中の清潔なトイレを使用させてもらう幸運があり、同伴していた女性達は大変喜んでいた。

 遅いランチタイムを「田原ふるさと公園」内にある「東雲」という蕎麦処で手打ち蕎麦をいただき、談笑しながらの反省会となった。「今日のコースは、少しきつかったかな。」とは年長者の弁で、駅まで歩いて戻ると言っていた予定(3~4Km)は、路線バスに乗っての帰還となったが、正解でした。無理は禁物ですね。次回は小田原へ、新緑の久野丘陵(諏訪の原丘陵)を歩きます。


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