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里山ウォーク・旧上秦野村(2015/10/8)

 山歩きの月例会のこの日は、朝から青空が広がり絶好のウォーキング日和。

 ルートは秦野盆地を形成する西側の丘陵地帯。ここは、秦野市では「上地区」と呼ばれ、古くは「上秦野村」であった地域で、上秦野村は「三廻部村」、「菖蒲村」、「柳川村」そして「八沢村」が明治時代の町村制施行によって合併して成立し、戦後の昭和38年に秦野市に併合して現在に至るという。これらの旧村名は、そのまま土地の名前として今日に残されている。

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 この地域は、四十八瀬川(下流では酒匂川に合流する。)で秦野市の市街地と分断されていて、物流をはじめ文化圏としては「足柄地域」に属するという歴史があり、西側に位置する稜線を超えた寄(やどりぎ)地区(現在は松田町に属する)と一帯となった生活圏を形成していたことを、村社である上秦野神社の由来書きが伝えている。


 ここ「上地区」は、秦野市にあっては辺境といっても過言でない。最近のデータをみると、市の総人口約16万8千人のうち、この地区の人口は2336人で約1.4%に過ぎない。そんな過疎の山村をアクセスする公共交通があった。行け行けぼくらのかみちゃん号の愛称のコミュニティバスが運行している。上(かみ)地区の名前にちなんで、この地の小学生が名付けたとか。



 午前9時30分発の「かみちゃん号」(定員10名)に、この日参加したメンバー8人と一般客2人を満載して出発し、三廻部地区まで直行だ。



 小田急電鉄渋沢駅北口を発着地とする「かみちゃん号」。



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 15分ほどで三廻部地区に到着。運行は1日に5便、土日曜日と祝日は運休とある。

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 下り立ったバス停「みくるべ榎戸」近くの畑の畦道を数分歩いたところに「頼朝塚」と呼ばれる源頼朝の供養塔がある。銘文は雨に削られていて正確な判読は難しいが、頼朝の没年と戒名が記されているという。



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 次に向かったのは、「観音院」。天台宗の寺院で「孫彿山福聚寺」という。この寺には、曽我兄弟が仇敵工藤佑経を討つため奉納した願文が保管されている。この願文は、この後に行く柳川の不動院にあったそうだが、不動院は廃寺となり、この寺で保管しているという。

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 観音院の入口に咲いていた「シュウメイギク」。白いのは珍しい。



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 観音院から先は、三廻部地区と寄(やどりぎ)地区を結ぶ山越えルートになる。途中にある「住吉神社」は、かつて三廻部村の鎮守であった。

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 境内にそびえるクスノキの大木。



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 神社前の山道を登り続け、標高も400m近くなり見晴らしのひらけたポイントから秦野盆地を東に望む。遠く盆地を囲む山並みが途切れた辺りには「金目川」が平塚市に向かって流れ、その先には相模湾が見えていた。

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 山道の山側の斜面に「ホトトギス」が咲いていた。



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 つづいて「アキノタムラソウ」。グループのメンバーは皆、植物観察教室の卒業生なので、やたらと詳しい上に、観察力も旺盛だ。この他にも、赤い実をつけた樹木などの名前も適確に覚えていたようだ。

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 昼食後には、「柳川地区」を歩く。この村の古刹「長福寺」には、明治の学制施行時には小学校が置かれたという。苔むした石灯籠には、ホトトギスの花が飾りのように咲いていた。



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 しばらく山道を登っていくと、「白體不動尊」がある。“白體”は“白体”であり、その名の通りこの寺の本尊は白い彫像であるという。現在は、三廻部の観音院に安置されているといい、曾我兄弟の仇討ち成就の願文とともにあり、今はここには何もない。



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 この寺には、往時には修行僧がいくつもの僧坊に起居して修行に励んでいたという。背後の沢には滝があって、身を清めていたらしいが、今では上流にゴルフ場ができ、沢の流れも細ってしまった。

 柳川地区の双体道祖神。杉の枝で屋根を葺いている。年に一度だけ葺き替えが行われているとか。



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 「やながわ生きものの里」の西側の、収穫を終えた田んぼが、のどかな風情を醸している。

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ルートの最後には、秦野市立上小学校の校庭に保存されている「センダン」を見学。隣にあった案内板を見ると、ここは標高220m。市内では最も高いところにある小学校だろう。この小学校の校歌にもセンダンの名前が現れる。



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校庭にせんだん 聳え立つ 高き香りを 受けついで 

学びの庭に ひとすじに 正しく生きる 若者よ ここは上小 わが母校



 今日ものんびりウォーキングだったので、進行が予定時刻より遅れていたため、最寄りの渋沢駅まで直帰することと決め、帰り道を急いだ。寄り道をしないと早い、30分余りで渋沢駅に到着し、駅近くの古い喫茶店で反省会の後、解散して帰途についた。




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